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神様が祈りに答えてくださった経緯

「目に見えない神様を一体どうやって信じられるの?」

このような疑問を持ったことはありますか?

この答えはたくさんありますが、私の経験から言えるひとつの結論は「祈り」です。

 

…と結論からバシッとキメている風ですが、ここ2年くらい、私は祈る意味目的価値がわからず、祈りたくもないときもあれば、なかなか祈れずうんざりすることも本当に多かったです

そんな中、直接神様からお祈りの答えをもらったと実感した、過ぎた日の経緯を思い浮かべるようになりました。

 

祈りについてなにかしらの疑問やもがきを感じる人にとって何かの役に立てたらうれしいです。

目次

月に向かって祈っていた5歳児

祈りは神様に願い求めることであり、神様との心の対話と表現されます。

私が祈り始めたのは5歳。

きっかけはミッション系の幼稚園に通っていたためでしたが、家系はクリスチャンでもないのに当時何を思ったのか、家でもたくさん祈っていました。

あまりにもよく祈っている私に母が「何をしているの?」と聞かれたときには元気よく「おいのりしてるのー!」と答えていたそうです(笑)

 

当時、祈りの内容こそ覚えていないものの、心に思うことはなんでもイエス様に話していたことはよく覚えています。

お母さんに今日あった出来事を延々と話す子のように(笑)、目の前にイエス様がいると素で思いながら。

 

そして夜は月を見ながら祈ってました。

月をじっくり見ていると本当にきれいで、子どもながらにとても感動し、うれしい心で祈っているので気分がよかったです。

思い返しても、幼稚園の頃が一番深く祈っていたんじゃないかといまだに思います(笑)

 

次第に祈りの生活が終息すると同時に、残念な人生が幕を開けるのですが、まさかあの頃の感覚が鮮明に蘇る機会が人生で再び起こるとはまったく考えてもいなかったです。

 

20代の私が幼稚園生に若返る珍事

神様が構想をくださりつくられた自然聖殿、月明洞に初めて行ったときのこと。

神様がご自分の宮殿を案内してくださるように、心に感動を与えてくださるままに月明洞のあちこちを見学して回りました。

鄭明析先生がひとつひとつ手をかけた作品から先生の精神やお人柄、人間業ではないことに衝撃を受けながら、自然が好きな私は感動感嘆しっぱなし(笑)そのようにして過ごしている中、ある所で祈るように感動で導いてくださいました。

その場所が「野外応接室」。

聖三位の御子が座られる椅子の右側に座ってお祈りし始めた瞬間、不思議なことが起こりました。

幼稚園生の頃、イエス様に祈っていたときとまったく同じ感覚になっていたんです。

祈りの内容こそ多少?年相応だったかもしれないけど、気持ちは完全に幼子のようで自分の胸の内をすべて話し、祈っている私の気持ちはとても平安でなにより本当に不思議な感覚。

このとき、私が幼稚園生のときに祈っていた相手は、イエス様を通して御子だったということ、御子が聞いて共にしてくださっていたんだと悟るようになりました。

また、この悟りをきっかけに、他にも悟ったことが2つあります。

イエス様は聖三位が直接臨んで働かれるメシヤ、キリストであること。そしてこのことを悟って、御子を直接感じられる月明洞や、私が御言葉を聞いているCGMは本物だということです。

月明洞に来る1ヶ月前から「アドナイ・エレ(主の山に備えあり)」という創世記にあるワンフレーズが何度も繰り返し脳内放送されていたので、月明洞に行ったら何かあるだろうとは予想していました。

しかしその予想の内容はまったくの想定外。

大きな悟りと確信、喜びと自負心をいただけるようになって本当に感動しました。

 

青瓦(せいが)の家の柿の木&御子の椅子地域

青瓦の母の家の前にある柿の木は、その隣にある野外応接室の大きい柿の木と一対(いっつい)だ。

もともとは家を建てるとき、ひっかかって切ろうとしたが、

主が「作品だ。秋の秘景だ」とおっしゃったので切らなかった。

主が生かしてくださったので生きている木だ。

この大きい柿の木の下に、大傑作品である御子の椅子を石を彫刻して気持ちよく置いて、野外応接室を作った。

木陰の中で最も多くの人が涼しく休む場所であり、まさに仙人の場所だ。

WOLMYEONGDONG より引用

  

誕生日の明け方、はっきりと祈りの答えをくださった神様のひと言

幸いなことに、 私の誕生日に合わせて月明洞の初訪問ができるように演出してくださった神様。

この日の明け方はいつになく、深く祈れた明け方でした。頭で考えながら祈るというより、心から一つ一つ言葉が出てくるかんじ

様々祈る中で、どのようにしたらいいか純粋に知りたいと思ったことを神様に尋ねてみました。

 

どのようにして天を愛すればいいですか

 

信仰が幼いなりに、御言葉通りに行うことが愛することだということは知っていました。

悔い改めたり、礼拝デビュー後に半年で聖書3読したり、そういうことはやっていたんですけど、純粋に神様を好きになりたかった、という思いから出た質問に神様が答えてくださいました。

 

 

心を与えることだ

 

はっきりと、男性の口調で心に響いてきた神様のひと言。

神様のひと言に数万の御言葉が入っていると聞いた通り、たった8文字の易しい言葉の中に多くの意味が入っていると感じながら妙に納得しました。

何より、神様と通じる実感を持てたのが本当に嬉しかったです。

ちなみにお祈りの後に聞いた明け方の箴言がぴったり愛に関する箴言24で、”神様は絶対いる×3..”と唱えながら開いた口が塞がらなかったです(笑)

 

心の胸の内を伝える祈り、神様に関心を向ける祈りー

2021年が暮れゆく中、今までなかなかできなかった祈りを神様にしながら、新しい経緯を残していきたいとおもいます。

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