16min.ワークアウトを、51日続けてみた。
……と書くと、
なんだか意識高い感じがするけれど、
正直に言うと、スタート地点はそんなに立派なものじゃなかったです。
体は重いし、
気力もそんなにないし、
何かを変えたい気はするけど、
別にやる気に満ちあふれていたわけでもない。
友達と「100日やってみようか」という、
わりと軽いノリで始めたのがきっかけでした。
毎日完璧にできた?
→ できていない。
気分よく続いた?
→ 全然そんなことはない。
特にきつかったのは、
本当に疲れ切って帰ってきた日。
帰宅後に16分。
ストレッチとスクワットがメインとはいえ、
1日中頭をつかった後は
腰が重すぎるタイミングです。
「また今日もやるのか……」
何度も、そう思いました。
0と、0.0000000000001のあいだ
そんな日に見つけたのが、
この考え方でした。
0で終わらせない。
0.0000000000001でもいいから、やる。
スクワット1回。
ストレッチで腕を伸ばすだけ。
指一本、動かすだけでもいい。
でも、
「何もやらない0」と
「ほんの少しでも動いた0.0000000000001」
この差が、
思っていたより、ずっと大きかった。
横になって指が動く様子を見ながら
0じゃないって、
こんなに感覚が違うんだ、と
ちょっと驚いた。
イエスは目をあげて、金持たちがさいせん箱に献金を投げ入れるのを見られ、 また、ある貧しいやもめが、レプタ二つを入れるのを見て 言われた、「よく聞きなさい。あの貧しいやもめはだれよりもたくさん入れたのだ。 これらの人たちはみな、ありあまる中から献金を投げ入れたが、あの婦人は、その乏しい中から、持っている生活費全部を入れたからである」。
ルカによる福音書 21:1-4
変わったのは、筋肉より先に「判断」
51日続けてみて、
いちばん変わったのは、体よりも思考の癖だったと思います。
今日はこれをやらない、と早く決められる。
無理な日は、その日本当に必要なポイントをおさえて方向転換。
できなかった自分を、必要以上に責めなくなった。
以前の私は、
「やるか・やらないか」
の二択で考えてました。
でも今は、
やる上で「どのくらいやるか」
を選べるようになった。
体より先に、
判断の仕方が変わった感じがします。
続いた理由は、根性じゃない
これは声を大にして言いたいこと。
続いたのは、
意志が強くなったからじゃない。
- 時間を短くした
- ハードルを下げた
- 完璧を捨てた
設計を変えただけ。
本当に体調が悪くてできなかった日は、
翌日に回したこともある。
そんなときに限って、
教会で聞いた御言葉から
「神様と約束したことは、やりなさい」
とリマインドされて、思わず笑ってしまいました。
それでまた、当日に戻す。
神様とのやりとりの中で、
「もう一度立ち上がった」
あの感覚が、実は一番うれしかったかもしれません。
51日後の、静かな変化
劇的な変化はない。
……と思っていました。正直。
「折り返しまで来たな」
それくらい。
でも、
ある日、マーチングの歩き方を練習したあと、
思いがけないひと言をもらいました。
「宅トレをやっているからか、
動きが安定していて、きれいですね。」
え、そこに出るんだ。
と思いつつ。
続けていると、
「もうちょっとやろうかな」と思える日が増えて、
やらないと、少し落ち着かない。
もはや、体の方が先に催促してくる感じです。
ゼロでない選択は、
仕事にも影響しました。
少し重めの仕事が来たとき。
正直、腰が引けた。
でも、
「0.0000001だけ」と手をつけたら、
数日かかると思っていた作業が、
気づけば、数時間で終わっていました。
拍子抜け、というやつです。
日常から、仕事へ。
そして、使命へ。
点だったものが、線になり、
いつのまにか、面になっていました。
これは運動習慣の話、ではなくて
この51日は、
筋トレの成功談でも、
習慣化ノウハウでもなくて、
「何度でも、0に戻らなくていい」
という感覚を思い出す時間でした。
0ではなく、 0.0000000000001を選ぶ。
それだけで、
人はちゃんと前に進めるらしい。
人生が変わった、とは言わないけれど。
思考回路は、確実に変わった。
ちょっとだけTips(なぜ効いたのか)
心理学的には、
「小さすぎる行動」は
脳の抵抗をほとんど受けないと言われてます。
始めるハードルが下がると、
行動 → 自己効力感 → 次の行動
というループが回りやすくなる。
つまり、
0.0000000000001は、
サボりではなく、再起動ボタン。
今日は、0にしなかった。
その選択を、
神様は上から誰よりも大きく見て、
共にしていると思うのです。
自分が属しているところから、万事すべてのことをもう一次元だけ上げてやることです。
2026年1月25日「万事において次元を上げなさい」より
