先日の主日(日曜礼拝)で、こんな御言葉を聞きました。
小さい機会は毎日来ます。すべてつかむべきです。
2026年10月11日「勤しんで急いで時を迎えたから、一緒に生きて勤しんで行ないなさい」より
機会って、毎日来るんだ。
でも、どれが機会なのか、どうやって分かるんだろう。
その答えは、仕事中に来ました。
「ん? しっくりこない」
Web制作の仕事をしています。
その日は、細かいところまで考えながら、一つ一つ判断して、ページを作っていました。
そんな中で、ページの中の情報の並べ方に、ふと違和感。
……ん? なんか、しっくりこない。
「まあいいか」で進めることもできました。
でも、ちゃんと考えてみたんです。
すると、うっすら、案が浮かびました。
「ページの区切りと区切りの間に、なにか…を置いたらどうだろう」
本当に、うっすら。
雲みたいに、一瞬で消えそうな思いつきでした。
つかまえたら、形になった
消える前に、なんとか考えでつかんで、具体的にイメージしてみました。
手を動かして描いてもみたり。
そんなことを続けている内に構想が、はっきり浮かんできたんです。
そのまま、形にできました。
ページとページの間に、ちゃんと、橋がかかって別のもの同士が一つになり、新しい形に変化したんです。
まるで掛け算をしたように。
プロのWebデザイナーの方に見せたら、ページ全体の世界観と、物語のような流れを思った以上に褒めてもらえて、正直、びっくりしました。
自分の考えでは、なかった
実は、いちばん不思議だったのは、ここです。
あの案は、自分の考えの中には、なかったんです。
自分ではない、どこかから浮かんできた感じ。
まさに、インスピレーション。
あれは、神様が与えてくださったものだったと思います。
御言葉を聞いたあとの仕事中に、起きたことでした。
おぼろげな顔をして、来る
今回、思ったこと。
瞬間の機会は、目立たない。
一瞬の雲のように、おぼろげなときもある。
でも、絶え間なく、一つひとつやっているうちに、向こうからやって来る。
もし、あの違和感を「まあいいか」で流していたら、あの案は、浮かばなかったと思います。
機会をつかむことが、生活になり、体質になっていてこそ、
大きい機会が来たときも、つかめるようになる、と、御言葉にはありました。
小さな機会を、毎日。
今週も、雲をつかまえにいきます。
ちなみに、雲のなかには、ふちが淡い虹色に光るものがあります。
彩雲(さいうん)といって、昔から、吉兆とされてきた雲です。
見上げていないと、気づかないくらい、うっすら。
あの日の思いつきも、そんな雲でした。
つかまえにいったら、橋になりました。
もう少しだけ行なえば、小さい問題も大きい問題も解決します。神様はすでにすべて行なわれました。前々からやらなければなりません。行なうことだけが答えになります。
2026年10月11日「勤しんで急いで時を迎えたから、一緒に生きて勤しんで行ないなさい」より
